起業資金を引き出す事業計画の数字:収益・費用予測、資金繰り、必要な金額の算出手順
起業や独立を目指す際、多くの人が最初に考えることの一つが「資金」についてではないでしょうか。そして、その資金を集める上で非常に重要になるのが「事業計画書」です。中でも、事業計画書に記載する「数字」は、資金の出し手である金融機関や投資家が、あなたの事業が成功するか、そして資金がきちんと回収できるか判断する上で、最も注目する点と言えます。
「数字は苦手だ」「どうやって予測すれば良いか分からない」と感じている方もいらっしゃるかもしれません。しかし、安心してください。事業計画書の数字は、決して複雑な計算式や高度な分析が必要なものではありません。あなたの事業のアイデアを具体的に数値に落とし込み、事業がどのように進み、いつ、いくらのお金が必要になるのかを、論理的に説明するためのものです。
この記事では、資金調達を成功させるために不可欠な、事業計画書の数字部分に焦点を当て、収益・費用予測から資金繰り、そして必要な資金の算出までを、初心者の方にも分かりやすいようにステップバイステップで解説します。
なぜ事業計画書の数字が資金調達で重要なのか
資金の出し手(特に金融機関)は、資金を提供する際に最も重視するのが「返済能力」です。あなたの事業がきちんと収益を上げ、借りたお金を期日通りに返済できるのかどうかを見極める必要があります。事業計画書の数字は、この返済能力、ひいては事業の実現可能性や成長性を具体的に示すための根拠となります。
曖昧な見込みや希望的観測に基づいた数字ではなく、具体的な根拠に基づいた現実的な数字を示すことができれば、金融機関はあなたの事業に対する理解を深め、信頼感を抱きやすくなります。説得力のある数字は、「この事業は成功する可能性がある」「この経営者なら任せられる」という判断につながり、資金調達の成功確率を高める重要な要素となります。
事業計画書の数字構成の全体像
事業計画書における主要な数字関連の項目はいくつかありますが、特に資金調達の観点から重要となるのは、主に以下の3つです。
- 収益・費用予測(損益計画): 事業を行うことで、どれくらいの売上が立ち、どれくらいの費用がかかり、結果としてどれくらいの利益が出るのかを予測するものです。これは事業の「稼ぐ力」を示します。
- 資金繰り計画: 事業の活動によって、いつ、いくらのお金が入ってきて、いつ、いくらのお金が出ていくのかを予測し、手元に現金がどれだけ残るか(または不足するか)を示すものです。これは事業の「お金の流れ」を示します。損益計画で利益が出ていても、入金よりも出金が先行すれば資金が不足する可能性があります。
- 必要な資金とその調達方法: 事業を開始し、軌道に乗せるまでに必要となる資金の総額、そしてその資金をどのように集めるのか(自己資金、融資、出資など)を示すものです。これは事業の「資金計画」そのものです。
これらの数字はそれぞれ独立しているのではなく、密接に関連しています。収益・費用予測を基に資金繰りを考え、それによって必要な資金総額が見えてきます。そして、どのように資金を調達するかによって、資金繰りや返済計画も変わってきます。
次に、これらの数字を具体的に算出していくステップを見ていきましょう。
ステップ1:収益予測を立てる(売上予測)
事業計画の数字の出発点となるのが、収益(売上)予測です。これは、「あなたの事業で、将来どれくらいの売上が見込めるのか」を示すものです。予測の精度を高めるためには、単に「これくらい売れたら良いな」ではなく、具体的な根拠に基づいた数字を積み上げることが重要です。
収益予測の考え方と算出手順の例:
あなたの事業内容によって予測の方法は異なりますが、基本的な考え方は「客数 × 客単価」です。さらに詳細に分解していくと、より具体的な根拠が見えてきます。
-
店舗型ビジネス(飲食店、小売店など)の場合:
- 席数(または売り場面積)
- 回転率(または1日あたりの顧客数)
- 客単価
- 営業日数
- これらを組み合わせて、「1日あたりの売上 = 客単価 × (席数 × 回転率)」や「1ヶ月あたりの売上 = 1日あたりの売上 × 営業日数」のように算出します。
- さらに、席数や回転率は立地条件や営業時間、集客施策によって変動するため、それらを考慮した根拠を示します。
-
サービス業(コンサルティング、デザインなど)の場合:
- 提供できるサービスの単価
- 1ヶ月あたりに提供できるサービスの件数(または稼働時間)
- 1ヶ月あたりの売上 = サービスの単価 × 提供件数(または単価 × 稼働時間)
- 提供件数や稼働時間は、あなたの人的リソースや効率、受注見込みなどに基づいた根拠を示します。
-
ウェブサービス・ECサイトの場合:
- サイトへの月間訪問者数
- 購入率(コンバージョン率)
- 平均購入単価
- 月間売上 = 月間訪問者数 × 購入率 × 平均購入単価
- 訪問者数、購入率は、マーケティング計画(広告、SEOなど)に基づいた具体的な目標値とその根拠を示します。
重要なポイント:根拠を示す
予測した売上高に対して、「なぜその数字になるのか」という根拠を明確に示すことが最も重要です。市場調査の結果、競合店の情報、ターゲット顧客の消費動向、これまでの職務経験からの知見、テストマーケティングの結果など、客観的なデータや具体的な情報に基づいた根拠をしっかりと準備しましょう。
ステップ2:費用予測を立てる
次に、事業を行う上で必要となる費用を予測します。費用は大きく分けて「開業にかかる費用」と「事業を継続するためにかかる費用(経常費用)」があります。
開業にかかる費用(初期費用)の例:
- 物件取得費(敷金、礼金、仲介手数料など)
- 内装・外装工事費
- 設備・什器購入費(レジ、調理器具、PC、デスクなど)
- 運転資金(後述)
- 仕入費用(初回分)
- 広告宣伝費(開業時の告知)
- 許認可取得費用
- 会社の設立費用(法人化する場合)
これらの費用は、見積もりを取るなどして具体的な金額を算出します。
事業を継続するためにかかる費用(経常費用)の例:
経常費用は、毎月あるいは定期的に発生する費用です。
- 固定費: 売上に関わらず一定額発生する費用
- 家賃
- 人件費(正社員給与など)
- 通信費
- 保険料
- 減価償却費(設備などの購入費用を分割して計上)
- 変動費: 売上に比例して変動する費用
- 仕入原価
- 水道光熱費(使用量に応じて変動)
- 販売手数料
- 広告宣伝費(売上目標に応じて増減させる場合)
- ロイヤリティ
これらの費用も、見込みではなく、実際の物件情報や求人情報、仕入先の見積もりなどを参考に、具体的な金額を算出します。特に人件費や仕入原価は、事業の根幹に関わる重要な費用ですので、慎重に予測する必要があります。
ステップ3:損益計画を作成する
ステップ1の収益予測とステップ2の費用予測を基に、損益計画を作成します。これは、一定期間(通常は1年または数年間)で、売上から全ての費用を差し引いた結果、どれくらいの利益(または損失)が出るのかを示すものです。
損益計算書の形式で、「売上高」「売上原価」「売上総利益」「販売費および一般管理費」「営業利益」「経常利益」「税引前当期純利益」「当期純利益」といった項目を計算していきます。
損益計画作成のポイント:
- 期間: 通常は最初の1年目を月単位、2年目以降を年単位で作成することが多いです。事業が軌道に乗るまでの期間は、月単位での詳細な計画が資金調達の説得力を高めます。
- 現実的な予測: 最初から大きな利益を計上するのではなく、開業初期は売上が安定せず、費用が先行する期間があることも想定した、現実的な計画を立てましょう。
- 根拠の説明: 各項目(特に売上原価や販売費)の算出根拠を明確に説明できるようにしておきます。
ステップ4:資金繰り計画を作成する
損益計画で利益が出ていても、資金が不足する「黒字倒産」という状態になることがあります。これを防ぐために重要なのが資金繰り計画です。
資金繰り計画は、お金の「入り(収入)」と「出(支出)」のタイミングに焦点を当て、手元にある現金の残高がどのように推移していくかを予測するものです。売上は計上されても入金は翌月になる、費用は発生しても支払いは翌月になる、といった「会計上の利益」と「実際の現金の動き」のズレを把握します。
資金繰り計画の考え方と算出手順の例:
月単位で作成することが一般的です。
| 項目 | 1ヶ月目 | 2ヶ月目 | 3ヶ月目 | ... | | :--------------------- | :------ | :------ | :------ | :-- | | 期首現金残高 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 収入の部 | | | | | | 売上入金 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 借入金 | 〇〇円 | 0円 | 0円 | ... | | 自己資金 | 〇〇円 | 0円 | 0円 | ... | | その他収入 | 〇〇円 | 〇〇円 | 〇〇円 | ... | | 収入合計 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 支出の部 | | | | | | 仕入支払 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 人件費支払 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 家賃支払 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 借入金返済 | 0円 | 〇〇円 | 〇〇円 | ... | | その他支出 | 〇〇円 | 〇〇円 | 〇〇円 | ... | | 支出合計 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 収入支出差額 | 〇〇円 | △△円 | □□円 | ... | | 期末現金残高 | △△円 | □□円 | ××円 | ... |
- 収入の部: 売上入金は、売上予測に加えて、入金サイト(売上計上から実際に入金されるまでの期間)を考慮して計上します。資金調達を計画している場合は、借入金や自己資金もここで収入として計上します。
- 支出の部: 費用予測に基づき、支払いのタイミング(仕入れた時か、支払う時か)を考慮して計上します。借入金の返済もここに含めます。
- 期首現金残高: 前月末の手元現金額です。1ヶ月目は自己資金や借入金実行後の手元資金が入ります。
- 期末現金残高: 「期首現金残高 + 収入合計 - 支出合計」で計算します。この数字がマイナスにならないように計画を立てることが重要です。
資金繰り計画を作成することで、どのタイミングで資金が不足しそうになるのかが具体的に見えてきます。これにより、追加の資金調達が必要か、費用の支払いを調整できないか、といった対策を検討することができます。金融機関も、資金繰り計画を通じてあなたの資金管理能力や事業の安定性を評価します。
ステップ5:必要な資金総額と調達希望額を算出する
ステップ2で算出した「開業にかかる費用」と、ステップ4の資金繰り計画で見えてくる「事業が軌道に乗るまでの運転資金」を合計することで、事業を開始し、安定させるまでに必要となる資金総額が見えてきます。
- 必要な資金総額 = 開業にかかる費用 + 事業が軌道に乗るまでの運転資金
「事業が軌道に乗るまでの運転資金」とは、売上が安定して、費用を賄えるようになるまでの数ヶ月間(一般的には3ヶ月〜6ヶ月程度と言われますが、事業によります)の経常費用を指します。資金繰り計画で手元資金がプラスで推移するようになるまでの期間の合計赤字額、と考えることもできます。
算出した必要な資金総額に対して、自己資金をどれだけ用意できるかを確認します。
- 調達希望額 = 必要な資金総額 - 自己資金
この「調達希望額」が、あなたが金融機関などに融資や出資を依頼する際の金額となります。
これらの数字を事業計画書でどう表現するか
算出された数字は、単に羅列するだけでなく、事業計画書の中で分かりやすく、そして説得力を持たせるように表現することが重要です。
- 表やグラフの活用: 損益計画や資金繰り計画は、月単位や年単位の推移が分かりやすいように表形式で示します。売上や利益、費用の推移は折れ線グラフや棒グラフにすると、視覚的に理解しやすくなります。
- 根拠の説明をセットで: 各数字がどのように算出されたのか、その根拠となる市場データ、単価設定の考え方、費用の内訳などを、数字の表やグラフと共に具体的に記述します。「なぜこの売上なのか」「なぜこの費用なのか」という説明が、数字の信頼性を高めます。
- 前提条件の明確化: 予測の前提となる条件(例:月の新規顧客数、平均購入単価、人件費単価、家賃など)を明確に記載します。前提が分かれば、金融機関もあなたの計画を理解しやすくなります。
- 楽観的・悲観的シナリオの検討(任意): 可能な場合は、予測通りのケースに加えて、少し売上が下がる、費用が上がる、といったケース(悲観的シナリオ)や、逆に予想以上に売上が伸びるケース(楽観的シナリオ)もシミュレーションしておくと、より現実的な対応策を検討していることが伝わり、計画の信頼性が増す場合があります。
数字作成における注意点と失敗を防ぐために
事業計画の数字を作成する上で、初心者が陥りやすい注意点があります。
- 楽観的な予測: 売上予測が高すぎたり、費用予測が低すぎたりする計画は、金融機関から見て非現実的と判断されやすいです。現実に基づいた、少し保守的な予測を心がけましょう。
- 根拠が不明確: 「なんとなくこれくらい」という感覚で数字を置くのは避け、必ず具体的な根拠を用意します。
- 資金繰りを考慮していない: 損益計画で利益が出ていても、手元資金がショートする可能性を見落とすと、事業継続が困難になります。資金繰り計画は必ず作成しましょう。
- 自己資金が少ない: 必要な資金に対する自己資金の割合が極端に低いと、事業に対する本気度やリスク許容度が低いと見なされる可能性があります。日本政策金融公庫の創業融資などでは、自己資金の割合が審査に影響することがあります。
これらの失敗を防ぐためには、一人で悩まず、信頼できる専門家(税理士、中小企業診断士、地域の商工会・商工会議所など)に相談することも有効です。あなたの事業内容や状況に合わせて、より現実的な数字計画を立てるためのアドバイスを受けることができます。
まとめ:説得力のある数字で資金調達への道を切り開く
事業計画書の数字は、単なる計算結果ではなく、あなたの事業の将来像、それを実現するための道筋、そして資金をどのように活用し、返済していくのかを示す重要な要素です。
収益・費用予測、資金繰り計画、そして必要な資金の算出といったステップを一つ一つ丁寧に進め、それぞれの数字に具体的な根拠を持たせること。これが、資金の出し手からの信頼を得て、資金調達を成功させるための鍵となります。
最初から完璧な計画を目指す必要はありません。大切なのは、あなたの事業アイデアを真剣に考え、現実的な数字に落とし込んでいくプロセスを通じて、事業の課題や可能性を具体的に把握することです。このプロセス自体が、事業を成功させるための重要な準備となります。
この記事で解説したステップを参考に、あなたの事業の数字計画作成にぜひ取り組んでみてください。そして、作成した計画について専門家などの第三者の意見を聞いてみることも強く推奨します。あなたの起業の第一歩を、確かな数字計画と共に踏み出しましょう。