起業のフェーズに合わせた資金調達の選び方:ゼロから始める人のための段階別ガイド
起業を目指すにあたり、「事業を始めるにはいくら必要なのだろうか」「その資金はどうやって集めれば良いのだろうか」といった資金に関する疑問や不安をお持ちの方は多いかと存じます。特に起業の経験がない場合、資金調達の全体像が見えにくく、何から手をつければ良いか戸惑うことも少なくありません。
資金調達は、事業を計画し実行していく上で非常に重要な要素です。しかし、事業に必要な資金の金額や、適した資金調達の方法は、事業の「フェーズ」、つまり成長段階によって変化します。最初から全ての資金を用意する必要はありませんし、逆に、必要なタイミングで資金が不足すると事業継続が困難になることもあります。
この記事では、ゼロから起業を考える方が、事業の成長段階(フェーズ)に合わせて、どのような資金が必要になり、どのような資金調達方法があるのかを、段階を追って理解できるよう解説いたします。ご自身の事業が今どのフェーズにあるのか、あるいはこれからどのようなフェーズをたどるのかを想定しながら読み進めていただくことで、資金調達の全体像を把握し、計画的に準備を進めるための一助となれば幸いです。
事業の成長フェーズと必要な資金の種類
事業は、立ち上げから成長、拡大へと段階を経ていくのが一般的です。それぞれのフェーズで必要となる資金の種類や性質が異なります。
1. 創業準備期・立ち上げ期(シード・スタートアップフェーズ)
- 必要な資金の性質: 事業を形にするための初期投資と、事業が軌道に乗るまでの運転資金
- 具体的な資金用途の例:
- 事業計画策定のための調査費
- 会社設立費用(登記費用など)
- 事務所や店舗の賃貸費用、内装工事費
- 設備購入費(パソコン、機械、什器など)
- 仕入資金(商品、原材料など)
- 広告宣伝費
- 人件費(必要に応じて)
- 事業が軌道に乗るまでの生活費
このフェーズは、まだ事業が安定しておらず、売上も少ない、あるいは全くない状態です。そのため、将来の収益を見込んで資金を「投資」する性質が強く、リスクが高いと見なされやすい時期です。
2. 成長期(グロースフェーズ)
- 必要な資金の性質: 事業規模の拡大、収益力強化のための追加投資と、売上増加に伴う運転資金の増加分
- 具体的な資金用途の例:
- 新たな設備投資(生産能力向上、サービス品質向上など)
- 人員増加に伴う人件費、採用費
- マーケティング・販促活動の強化
- 販路拡大、多店舗展開
- 新商品・新サービスの開発費用
このフェーズでは、事業が順調に成長し、売上や利益が見込めるようになります。過去の実績がある程度評価されるため、立ち上げ期よりは資金調達の選択肢が広がります。
3. 拡大期(エクスパンションフェーズ)
- 必要な資金の性質: さらなる市場拡大、事業多角化、M&Aなどの大型投資
- 具体的な資金用途の例:
- 大規模な設備投資
- 海外展開
- 新規事業への参入
- 他社の買収(M&A)
事業基盤が確立され、安定した収益がある状態です。大規模な資金が必要となる一方、事業の信頼性も高まっているため、より多様な資金調達方法が可能となります。
各フェーズで検討すべき資金調達方法
事業のフェーズによって適した資金調達方法は異なります。ここでは、それぞれのフェーズで主に検討される資金調達方法とその特徴をご紹介します。
1. 創業準備期・立ち上げ期に検討すべき資金調達方法
この時期は事業実績がないため、自身の信用や熱意、具体的な事業計画が重視されます。
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自己資金:
- 特徴: 最も基本的な資金源です。ご自身の貯蓄や退職金などを充当します。返済義務がなく、事業に対する本気度を示す指標としても重要視されます。金融機関からの融資を受ける際にも、自己資金の割合は審査の重要なポイントとなります。
- ポイント: 金融機関から「見せ金」と疑われないよう、資金の出所を明確に説明できるように準備しておくことが大切です。過去数ヶ月から遡って、資金がどのように貯蓄されてきたのかが分かる通帳の履歴などを整理しておきましょう。
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親族・知人からの借入:
- 特徴: 比較的低利または無利子で借りられる可能性があります。しかし、金銭トラブルは人間関係を壊す原因にもなりうるため、借用書を交わすなど、条件を明確にしておくことが不可欠です。
- ポイント: あくまで事業資金として使うことを伝え、返済計画もきちんと説明しましょう。
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日本政策金融公庫 創業融資:
- 特徴: 新規開業を目指す方を積極的に支援する国の機関です。無担保・無保証人で利用できる制度もあり、他の金融機関と比較して創業初期の融資に積極的です。利率も比較的低く設定されています。
- ポイント: しっかりとした事業計画書と、面談での説明が重要です。自己資金の要件がある場合が多いですが、緩和される特例制度もあります。
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信用保証協会付き融資(制度融資):
- 特徴: 地方自治体と金融機関、信用保証協会が連携した融資制度です。信用保証協会が企業の借入を保証することで、金融機関からの融資を受けやすくします。創業期の企業も対象となります。
- ポイント: 金融機関と信用保証協会の両方の審査が必要です。手続きにやや時間がかかる場合があります。
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補助金・助成金:
- 特徴: 国や地方自治体が特定の政策目標(創業促進、雇用促進、研究開発など)の達成のために交付する資金で、原則として返済不要です。
- ポイント: 募集期間が限られており、申請には多くの書類作成や要件を満たす必要があります。採択率が決まっているため、必ずしも受給できるわけではありません。また、すぐに資金が手に入るわけではなく、事業実施後の後払いとなるケースが多い点にも注意が必要です。
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クラウドファンディング:
- 特徴: インターネットを通じて不特定多数の人々から資金を募る方法です。購入型、寄付型、投資型など様々な種類があります。資金調達だけでなく、事業のPRや市場のニーズ確認にも繋がります。
- ポイント: プロジェクトの魅力を伝え、支援者の共感を得るための工夫が必要です。目標金額に達しないと資金が得られない場合や、手数料がかかる場合があります。
2. 成長期に検討すべき資金調達方法
事業実績が見えてくるため、融資の選択肢が広がったり、投資家からの資金調達も現実的になります。
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金融機関からの融資:
- 特徴: 地元の銀行、信用金庫、信用組合などから、事業実績や将来性に基づいた融資を受けます。プロパー融資(信用保証協会を介さない融資)の可能性も出てきます。
- ポイント: 過去の決算状況や今後の事業計画、返済能力などが厳しく審査されます。日頃からの金融機関との良好な関係構築も大切です。
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エンジェル投資家:
- 特徴: 個人の富裕層などが、成長性の高いスタートアップ企業に資金を提供する投資家です。資金提供だけでなく、自身の経験や人脈を活かして経営のアドバイスをくれることもあります。
- ポイント: 投資家との出会いが必要で、事業の将来性や経営者の力量が厳しく評価されます。株式を引き渡すことが一般的で、経営の自由度が一部制限される可能性もあります。
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ベンチャーキャピタル(VC):
- 特徴: 複数の投資家から集めた資金で、未上場の成長企業に投資を行う会社です。エンジェル投資家と同様、資金提供と合わせて経営支援も行うことが多いですが、より大規模な資金を提供し、短期間での急成長やIPO(株式公開)を目指す企業を対象とすることが多いです。
- ポイント: 高い成長率や明確なイグジット戦略(投資回収方法、例:IPOやM&A)が求められます。株式の多くを渡すことになり、経営への関与度も高くなる傾向があります。
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増資(第三者割当増資など):
- 特徴: 新たに株式を発行し、特定の第三者(VC、事業会社など)に引き受けてもらうことで資金を調達する方法です。
- ポイント: 株式価値の希薄化や、新たな株主との関係構築が必要になります。
3. 拡大期に検討すべき資金調達方法
事業規模が大きくなり、信用力も高まるため、より多様で大規模な資金調達が可能になります。
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金融機関からの大規模融資:
- 特徴: 事業規模に応じた運転資金や設備資金として、より大きな金額の融資を受けられます。
- ポイント: 安定した実績と詳細な事業計画が求められます。
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株式公開(IPO):
- 特徴: 株式市場に自社の株式を上場し、広く一般の投資家から資金を調達する方法です。莫大な資金を一度に集めることが可能になります。
- ポイント: 上場基準を満たす必要があり、準備には時間と多大なコスト、そして厳格な内部管理体制の構築が必要です。また、株主への責任も発生します。
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社債発行:
- 特徴: 企業が直接、投資家から資金を借り入れるために発行する有価証券です。
- ポイント: ある程度の信用力が必要になりますが、銀行借入以外の資金調達手段となります。
事業計画と資金調達計画の連動
資金調達は、単にお金を集めることではありません。事業計画と密接に連動している必要があります。
- 事業計画で必要な資金を具体的に洗い出す: どのフェーズで、何のために、いくら資金が必要なのかを事業計画書の中で明確にしましょう。例えば、創業期には最低限の運転資金と開業費、成長期には人員増強のための人件費やマーケティング費用、拡大期には新たな設備投資費用など、具体的な用途と金額を計画に落とし込みます。
- 資金計画を立てる: 洗い出した必要な資金に対し、どの資金調達方法を、いつ、いくら利用するのか、具体的な計画を立てます。複数の方法を組み合わせることも一般的です。
- 資金繰り計画を作成する: 資金調達計画だけでなく、日々の事業活動における収入と支出の予測を立てる資金繰り計画も非常に重要です。特に創業期は売上が不安定なため、資金ショートを防ぐために、数ヶ月先までの資金の流れを具体的に把握しておく必要があります。
事業計画と資金計画がしっかりと連動していれば、金融機関や投資家からの信頼を得やすくなります。彼らは、「この事業で、この計画通りに進めば、いつまでに、どのくらいの収益が出て、どのように借りたお金を返済できるのか」を知りたいと考えているからです。
資金調達計画が計画通りに進まなかったら?
計画通りに資金調達が進まない可能性も考慮しておくことが重要です。
- 代替策の検討: 想定していた資金調達方法が難しかった場合に備え、他の方法や規模を縮小した計画など、代替策を事前に検討しておきましょう。
- 資金繰りの見直し: 資金調達が遅れたり、想定より少なかったりした場合は、事業計画全体や資金繰り計画を見直し、支出を抑えるなどの対策を講じる必要があります。
- 専門家への相談: 資金調達や事業計画で困った時は、金融機関の担当者、商工会議所、税理士、中小企業診断士などの専門家に相談することも有効です。
まとめ
起業における資金調達は、事業の成長フェーズに合わせて戦略的に行うことが成功の鍵となります。創業準備期・立ち上げ期には、自己資金や創業融資、補助金など、事業実績がなくても利用しやすい方法を中心に検討し、事業が軌道に乗ってきた成長期以降は、金融機関からの融資や投資家からの資金調達など、より規模の大きな資金調達も視野に入れていきます。
重要なのは、あなたの描く事業計画と、それに応じた資金計画、そして具体的な資金繰り計画をしっかりと連動させることです。各フェーズで必要となる資金の種類と金額を正確に見積もり、最適な資金調達方法を選択し、計画的に実行していくことで、資金面での不安を軽減し、事業の成功へと繋げることができるでしょう。
もし、これらの計画を一人で進めることに不安を感じる場合は、公的な相談窓口や専門家を積極的に活用されることをお勧めいたします。