初めての事業計画書:売上と費用の予測、数字の根拠の作り方
事業計画書を作成する上で、多くの方が難しさを感じるのが「数字」の部分ではないでしょうか。特に、これから起業・独立しようと考えている方にとって、売上や費用を具体的に予測し、その数字に説得力のある根拠を持たせることは、大きな壁のように感じられるかもしれません。
しかし、事業計画書における数字は、あなたの事業が「絵に描いた餅」ではなく、現実的なものとして成立するかどうかを示す非常に重要な要素です。特に資金調達においては、金融機関や投資家が最も注目する点の一つと言えます。
この記事では、起業・独立が初めての方に向けて、事業計画書に記載する売上予測と費用予測をどのように立てれば良いのか、具体的なステップと数字の根拠の考え方を分かりやすく解説していきます。
なぜ事業計画の「数字」が重要なのか
事業計画書全体があなたの事業の設計図であるなら、売上予測や費用予測といった数字は、その設計図が現実の経済活動としてどのように動き、利益を生み出すのかを示す血脈のようなものです。
1. 事業の実現可能性を判断するため
漠然としたアイデアだけでなく、「いつまでに、いくらの売上を、どのような方法で達成し、そのためにはいくらの費用がかかるのか」を具体的に数字で示すことで、事業の実現可能性が高まります。市場規模に対して売上目標は現実的か、必要な費用は賄えるかなどを客観的に評価できるようになります。
2. 資金計画(資金繰り)の基礎となるため
売上予測と費用予測は、資金計画(資金繰り表)を作成する上で不可欠な情報です。いつ、いくらの収入があり、いつ、いくらの支出があるのかを予測することで、資金がショートするリスクがないか、追加で資金が必要になるのはいつかなどを把握できます。
3. 資金調達の信頼性を高めるため
金融機関や投資家は、あなたの事業アイデアだけでなく、「返済能力があるか」「投資に見合うリターンが見込めるか」をシビアに判断します。具体的な数字に基づいた、根拠の明確な売上・費用予測は、計画の信頼性を高め、「この事業なら資金を出しても大丈夫だろう」という安心感を与えます。
売上予測を立てる具体的なステップ
売上予測は、あなたの事業が将来的にどれだけの収益を生み出すかを示すものです。以下のステップで具体的に考えてみましょう。
ステップ1:市場とターゲット顧客を明確にする
あなたの事業が参入する市場の規模はどれくらいか、そしてその中で「誰に」商品やサービスを提供するのか(ターゲット顧客)を具体的に定義します。市場規模を調べるには、業界団体の統計データ、政府の白書、シンクタンクのレポートなどが参考になります。ターゲット顧客の年齢層、性別、居住地、ライフスタイル、購買力などを掘り下げて考えてみましょう。
ステップ2:提供する商品・サービスの価格を設定する
提供する商品やサービスの単価を具体的に決めます。競合他社の価格を参考にしつつ、提供する価値に見合った適正な価格を設定することが重要です。価格設定の考え方には、コスト積み上げ方式、競合基準方式、価値基準方式などがあります。
ステップ3:販売計画・顧客獲得計画を立てる
「どうやって」そのターゲット顧客に商品やサービスを販売するのか、具体的な方法(例:Webサイト、SNS広告、店舗販売、訪問販売など)と、それによって「どれだけの顧客を獲得できるか」を計画します。例えば、Webサイトからの集客であれば、想定されるアクセス数、問い合わせ率、成約率などから顧客獲得数を予測します。
ステップ4:売上を具体的に計算する
ステップ2で設定した単価と、ステップ3で予測した顧客獲得数や販売数量を用いて、具体的な売上金額を計算します。
- 商品販売の場合: 単価 × 販売数量
- サービス提供の場合: サービス単価 × 提供回数(または顧客数)
- 月額課金サービスの場合: 月額料金 × 契約者数
最初の数ヶ月は売上がゼロまたは低い水準から始まり、徐々に増加していくのが一般的です。開業当初から安定した売上が見込める根拠(例:既に受注の見込みがある、強力な集客チャネルがあるなど)があれば、それを明記します。
ステップ5:数字の根拠を明確にする
予測した売上数字は、希望的観測ではなく、客観的な根拠に基づく必要があります。 * 市場調査データ: ターゲット市場の規模、成長率、顧客の購買意欲に関するデータ。 * 競合の事例: 同業他社の平均的な売上高や顧客単価。ただし、公表されているデータに限られます。 * テストマーケティングの結果: 少数の顧客に対して試験的に販売した結果。 * 自身の経験・人脈: これまでの業界経験から得られた知見や、既に確保できている顧客見込み。 * 公的な統計: 総務省や経済産業省などが公表しているデータ。
これらの根拠を事業計画書に記載することで、予測の信頼性が格段に向上します。
ステップ6:複数のシナリオを検討する
売上予測は不確実性が伴います。そのため、予測通りに事業が進んだ場合の「標準シナリオ」だけでなく、集客が難航した場合の「悲観的シナリオ」、想定以上に事業が伸びた場合の「楽観的シナリオ」の3つのパターンを検討することをおすすめします。これにより、リスク管理の視点も盛り込まれます。
費用予測を立てる具体的なステップ
費用予測は、事業を運営するために必要となるあらゆる支出を予測するものです。大きく分けて、事業開始前に一度だけかかる「初期費用」と、事業運営中に継続的にかかる「経常費用」があります。
ステップ1:初期費用(開業費)を洗い出す
事業を開始するために必要な初期投資を全てリストアップします。 * 店舗や事務所の敷金・礼金、内装工事費 * 設備購入費(PC、OA機器、専門機器、什器など) * ソフトウェア導入費、Webサイト制作費 * 許認可取得費用 * 広告宣伝費(開業時の告知費用など) * 仕入費用(初回在庫など)
これらをリストアップし、それぞれの費用を見積もります。
ステEP2:経常費用(ランニングコスト)を洗い出す
事業を運営していく上で毎月(あるいは定期的に)かかる費用をリストアップします。経常費用は、売上に関係なくほぼ一定額かかる「固定費」と、売上の増減に比例して変動する「変動費」に分けて考えると分かりやすいです。
- 固定費の例:
- 人件費(役員報酬、固定給)
- 家賃、共益費
- リース料
- 通信費(基本料金)
- 保険料
- 借入金の返済元金(利息は経費)
- 変動費の例:
- 仕入原価(商品を仕入れる費用)
- 外注費
- 広告宣伝費(売上目標に応じて増減させる場合)
- 支払手数料(決済手数料など)
- 水道光熱費(使用量による)
- 旅費交通費
ステップ3:具体的な計算方法を検討する
洗い出した費用項目ごとに、具体的な金額を予測します。固定費は契約書や見積もり、相場を参考に具体的な金額を算出し、毎月同額とすることが多いです。変動費は、売上予測と連動させて計算します。例えば、仕入原価は売上高の〇〇%といった形で予測します。
ステップ4:数字の根拠を明確にする
費用予測の数字にも根拠が必要です。 * 見積もり: 内装業者、設備業者、Web制作会社などからの具体的な見積もり。 * 相場: 不動産賃料の相場、人件費の相場(求人情報など)。 * 過去の経験: 会社員時代の経験や、他の事業者の情報。 * 公表データ: 業界ごとの平均的な経費率など。
これらの根拠を事業計画書に記載することで、費用予測の妥当性を示すことができます。
ステップ5:予備費も考慮する
予測通りにいかない事態に備え、想定外の支出に充てるための「予備費」を費用に含めておくことを強くお勧めします。予測した経常費用の数ヶ月分や、一定割合を予備費として計上しておくと安心です。
予測の数字を事業計画書にどう記載するか
作成した売上予測と費用予測は、「資金計画」「収支計画」「損益計算書(予測)」といった形で事業計画書にまとめます。
- 見やすく整理する: 月ごと、四半期ごと、年ごとなど、期間を区切って表形式で整理すると分かりやすくなります。最初の1年目は月ごと、2年目以降は四半期ごとや年ごとにするのが一般的です。
- 根拠を説明する: なぜその数字になるのか、ステップ5で考えた根拠を具体的に記述します。「なぜこの売上予測なのか」「なぜこの費用がかかるのか」を読み手が理解できるように説明することが重要です。
- 実現可能性を示す: 楽観的すぎず、悲観的すぎない、実現可能性の高い数字を示すことを心がけます。
数字を作る上での注意点とよくある落とし穴
- 希望的観測にしない: 「これくらい売れたらいいな」という希望ではなく、具体的な根拠に基づいた予測にすることが最も重要です。
- 行動計画と数字を結びつける: 「売上目標〇〇円」という数字だけでなく、「そのためにどのような販売促進活動を行い、何件の契約を目指すのか」といった具体的な行動計画と数字を連動させます。行動計画が伴わない数字は説得力を持ちません。
- 固定費と変動費を明確に区分けする: これらを分けておくことで、売上の増減が利益や資金繰りにどう影響するかを把握しやすくなります。
- 資金繰りとの関連性を意識する: 売上予測と費用予測だけでは、実際のお金の動きは分かりません。入金と出金のタイミングを考慮した資金繰り表を作成し、数字が資金の流れとして妥当かを確認することが大切です。
- 一人で抱え込まない: 数字の予測に慣れていない場合、専門家(税理士や中小企業診断士など)に相談するのも良い方法です。客観的な視点からのアドバイスは、より現実的な計画づくりに役立ちます。
まとめ
事業計画書における売上予測と費用予測は、単なる数字の羅列ではありません。あなたの事業がどのように動き、利益を生み出し、継続していくのかを示す、事業計画の「要」となる部分です。
初めての作成で完璧を目指す必要はありません。まずは、この記事で解説したステップを参考に、一つずつ具体的な数字を洗い出し、なぜその数字になるのかという根拠を丁寧に考えてみてください。数字を具体的に考える過程で、見えていなかった課題や、さらに検討が必要な点が見つかることもあります。
作成した計画は、事業を進める中で定期的に見直し、必要に応じて修正していくことが重要です。
事業計画書の数字づくりは、あなたの起業・独立という夢を現実のものとするための、最初の、そして最も重要なステップの一つです。不安に思わず、まずは具体的な一歩を踏み出してみましょう。