初めての資金調達を成功させる:事業計画の収益・費用予測の立て方と金融機関への伝え方
起業や独立を目指すにあたり、資金調達は避けて通れない重要なステップです。しかし、「どうやってお金を集めるのか」「いくら必要なのか、どうやって計算するのか」といった具体的な方法が分からず、不安を感じている方もいらっしゃるかもしれません。
特に、資金調達の場で必ず求められる「事業計画」について、「なぜ必要なのか」「何をどう書けば良いのか」という疑問をお持ちの方も少なくないでしょう。事業計画の中でも、特に資金調達の鍵となるのが「数字」です。売上予測、費用計画といった数字は、金融機関などが融資や出資を判断するための重要な根拠となります。
この記事では、資金調達や事業計画の経験がない方に向けて、事業計画における収益予測と費用計画の具体的な立て方、そしてその数字が資金調達の場でなぜ重要になるのか、どのように金融機関へ伝えれば良いのかを分かりやすく解説します。
なぜ事業計画の「数字」が資金調達で重要なのか
資金調達を行う際、特に金融機関からの融資を検討する場合、提出する事業計画書の中でも収益計画や費用計画といった「数字」の部分は非常に重視されます。その理由は何でしょうか。
主な理由は、金融機関が融資した資金が将来返済されるか、つまり「返済能力」があるかを判断する必要があるからです。事業計画の数字は、あなたの事業がどのように収益を上げ、費用を支払い、最終的に利益を生み出すのかを示すロードマップとなります。
- 返済能力の根拠: 計画された売上から費用を差し引いて利益がどれだけ出るのか、その利益で融資の元本と利息を返済できる見込みがあるのかを、数字で具体的に示す必要があります。
- 事業の実現可能性と成長性: 収益予測や費用計画の数字は、単なる希望的観測ではなく、市場環境や競合、具体的な販売戦略に基づいた根拠のあるものでなければなりません。根拠に基づいた現実的な数字は、事業の実現可能性と将来の成長性を示す信頼できる情報となります。
- 資金使途の妥当性: 調達したい資金を何に使うのか(資金使途)を明確にし、それが事業を成功させるために本当に必要な費用なのかを数字で示します。そして、その資金を使うことでどのような収益が見込めるのかを説明する必要があります。
このように、事業計画における数字は、単なる形式的なものではなく、あなたの事業がいかに現実的で収益性があり、資金を返済できる見込みがあるのかを客観的に示すための最も重要な要素なのです。
事業計画で立てるべき主要な数字計画の種類
資金調達のために事業計画に盛り込むべき主要な数字計画には、主に以下の二つがあります。
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収益計画(売上予測) あなたの事業がどのようにして収入を得るのかを具体的に数値化する計画です。これは、資金調達を行う上で最も注目される部分の一つです。
- 立て方の考え方:
- 具体的な根拠を設定する: 「なんとなくこれくらい売れそう」ではなく、「どの顧客層に」「どのような商品・サービスを」「いくらで」「どれくらいの頻度で」販売するのか、といった具体的な要素を設定します。
- 要素分解: 例えばサービス業であれば、「1ヶ月あたりに見込む顧客数」×「顧客単価」=「月間売上」というように、売上を構成する要素に分解して考えます。顧客数は市場規模や集客方法、競合状況などから現実的に見積もります。顧客単価は提供するサービスの内容や価格設定から算出します。
- 時間軸での変化を考慮: 開業当初から最大限の売上が立つわけではありません。事業が軌道に乗るまでの数ヶ月、あるいは1〜2年といった期間で、売上がどのように変化していくかを段階的に予測します。
- 市場調査や競合分析を基にする: 予測の根拠をより強固にするために、ターゲット市場の規模や顧客のニーズ、競合他社の価格設定や売上状況などを調査し、その結果を反映させます。
- 立て方の考え方:
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費用計画(コスト予測) 事業を行う上で必要となるあらゆる費用を数値化する計画です。収益計画と同様に、具体的に漏れなく計上することが重要です。費用は大きく「開業費」と「運転資金」に分けられます。
- 開業費: 事業を始める前に一度だけかかる費用です。
- 例:店舗の敷金・保証金、内装工事費、備品購入費(パソコン、家具、調理器具など)、ウェブサイト制作費、会社の設立費用など。
- 見積もりは、見積書を取る、インターネットで相場を調べるなど、具体的な根拠に基づいて行います。
- 運転資金: 事業を続けていく上で日常的にかかる費用です。これはさらに「固定費」と「変動費」に分けられます。
- 固定費: 売上に関わらず一定額かかる費用です。例:家賃、人件費(役員報酬、正社員の給与)、リース料、通信費など。
- 変動費: 売上に応じて増減する費用です。例:仕入れ費用、アルバイトの給与(売上によって調整する場合)、広告宣伝費(売上目標に応じて変動させる場合)、販売手数料など。
- 見積もり方: 各項目について、1ヶ月あたりにかかる具体的な金額を見積もります。人件費は人数と給与、家賃は契約内容など、具体的な情報から算出します。変動費は、売上予測と連動させて計算します(例:売上の〇〇%が仕入れ費用になる、など)。
- 漏れなく計上する: 想定される全ての費用項目を洗い出し、漏れなく計上することが重要です。
- 開業費: 事業を始める前に一度だけかかる費用です。
収益・費用計画から必要な資金を算出するステップ
収益計画と費用計画を立てることで、あなたの事業に必要な資金総額が見えてきます。必要な資金は、主に「開業費」と「運転資金」の合計として算出されます。
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開業費の合計を計算する: 店舗内装費、備品購入費など、事業開始前にかかる一時的な費用を全て合計します。これが、事業を始めるために最低限必要な初期投資額となります。
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運転資金を算出する(事業開始後、売上が安定するまでの費用): 事業を始めても、すぐに十分な売上が立って全ての費用を賄えるとは限りません。売上が費用を上回る(黒字になる)までの間、事業を継続するために必要な費用を賄うための資金が必要です。これを運転資金と呼びます。
- 必要な期間を見積もる: 事業内容にもよりますが、一般的に事業が軌道に乗るまでには数ヶ月かかると言われます。この軌道に乗るまでの期間(例:3ヶ月、6ヶ月など)を設定します。
- 期間中の費用合計を計算する: 設定した期間(例:3ヶ月)にかかる月々の運転資金(固定費+変動費)の合計を計算します。例えば、月間の運転資金が50万円で、軌道に乗るまで6ヶ月かかる見込みであれば、運転資金として50万円 × 6ヶ月 = 300万円程度が必要になると考えられます。
- 売上予測も考慮に入れる: ただし、運転資金の全てを外部から調達する必要があるわけではありません。事業開始後、少しずつでも売上が立つ見込みがあれば、その売上を運転資金の一部に充てることができます。したがって、必要な運転資金は「軌道に乗るまでの期間の総費用」から「同期間に見込まれる総売上」を差し引いた金額(またはそれ以上の余裕資金)として計算するのがより現実的です。
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必要資金総額を算出する: ステップ1で算出した「開業費」と、ステップ2で算出した「運転資金(軌道に乗るまでにかかる費用から見込み売上を差し引いた額、または期間中の総費用+余裕資金)」を合計します。これが、あなたの事業を開始し、安定させるために必要となる資金総額となります。
必要資金総額 = 開業費 + 運転資金(目安:売上が費用を上回るまでの期間の総費用 ー 同期間の見込み売上 + 予備費)
この算出した必要資金総額が、資金調達の際に希望する融資額や出資額の根拠となります。
資金計画の数字を資金調達にどう活かすか
算出された必要資金総額をどのように調達するのか、そしてその資金で事業を回し、どのように返済していくのかを説明するのが資金計画です。収益・費用計画から導き出された数字は、この資金計画の信頼性を高めるために不可欠です。
- 融資希望額・出資希望額の根拠として示す: 「なぜこの金額が必要なのか」を明確に説明するために、先ほど算出した必要資金総額の内訳(開業費〇〇円、運転資金〇〇円など)を提示します。具体的な費用項目(例:内装工事費150万円、人件費3ヶ月分90万円など)を添えることで、数字に説得力が増します。
- 返済計画の妥当性を示す: 収益計画で予測した将来の利益から、どのようにして融資を返済していくのか、具体的な返済計画を提示します。売上が立ち、利益が出る見込みがあるからこそ、返済が可能であることを数字で示すことができます。例えば、「Xヶ月目から黒字化し、そこから生まれる利益で毎月Y円を返済していく計画です」といった説明に、収益・費用計画の数字が根拠を与えます。
- 損益分岐点の考え方を説明する: 損益分岐点とは、売上と費用がちょうど等しくなり、利益も損失もゼロになる売上高のことです。つまり、この売上高を超えれば事業は黒字になるという目安です。事業計画の中で損益分岐点を示すことで、事業がいつから利益を生み出す見込みなのか、収益性の目安を分かりやすく伝えることができます。これは、費用計画(特に固定費と変動費)と収益計画から算出できます。
数字計画を立てる上での具体的なポイントと注意点
信頼性の高い数字計画を作成するためには、いくつかの重要なポイントがあります。
- 根拠の明確化を徹底する: 予測した数字の一つ一つに、「なぜその数字なのか」という根拠を持たせることが最も重要です。市場調査データ、競合の公開情報、業界の平均値、仕入れ先の見積もり、過去の類似事業の事例など、可能な限り客観的なデータや情報に基づいた根拠を準備します。
- 現実的な数字設定を心がける: 希望的な観測だけで数字を高く設定しすぎないように注意が必要です。金融機関は、楽観的すぎる計画よりも、現実的で実現可能性の高い計画を評価します。かといって、あまりにも悲観的すぎると事業の将来性が見えなくなってしまいます。市場環境や事業内容をしっかりと分析し、現実的な数字を設定することが大切です。
- 複数のシナリオを検討する: 予測通りに事業が進むとは限りません。最善のケース(ベストシナリオ)、標準的なケース(標準シナリオ)、そして最も厳しいケース(ワーストシナリオ)など、複数のシナリオで収益・費用計画をシミュレーションしてみることをお勧めします。特にワーストシナリオでも事業が継続できるか、資金がショートしないかを確認することは、リスク管理の観点から非常に重要です。
- 不確実性への考慮と予備費: 予測には必ず不確実性が伴います。想定外の費用が発生したり、売上が計画通りに進まなかったりする可能性も考慮し、必要な資金に加えてある程度の予備費を見積もっておくと安心です。一般的に、必要資金総額の10〜20%程度を予備費として計上することが推奨される場合もあります。
- 専門家への相談も視野に入れる: 数字計画の作成に不安がある場合は、税理士や中小企業診断士といった専門家に相談することも有効です。専門家は、業界の知識や過去の事例に基づいて、より現実的で説得力のある数字計画を作成するアドバイスをすることができます。
金融機関への伝え方
作成した数字計画は、単に羅列するだけでなく、金融機関に対して分かりやすく、説得力をもって伝えることが重要です。
- 数字の根拠を明確に説明する: 各数字がどのような根拠に基づいて算出されたのかを、具体的に説明できるように準備しておきましょう。例えば、売上予測なら「近隣の競合店の客数と平均単価から、弊社のサービス内容と価格であれば初年度は月間〇〇人の顧客を見込めます」のように、具体的な理由を添えます。
- 事業の強みや市場性を数字と紐付けて語る: なぜあなたの事業が計画通りの数字を達成できる見込みがあるのか、その理由を事業の強みやターゲット市場の特性と結びつけて説明します。「このサービスは市場の強いニーズがあり、競合も少ないため、計画通りの売上は十分に達成可能です」といった形で、数字の裏付けとなる事業の優位性をアピールします。
- 資金使途の具体性とその効果を説明する: 調達した資金を何に使うのか(例:内装工事費、最新設備の導入費、初期の広告宣伝費など)を具体的に示し、その資金を使うことで事業の売上向上や効率化にどのように貢献するのか(=資金投下の効果)を数字と関連付けて説明します。
- 誠実さと熱意をもって話す: 計画の数字はもちろん重要ですが、面談担当者はあなたの人物像や事業への熱意、誠実さも見ています。分からない点は正直に伝え、専門家の意見も参考にしながら作成した計画であることを誠実に話しましょう。
まとめ
資金調達を成功させるためには、事業計画の中でも特に収益予測と費用計画といった「数字」の部分が非常に重要です。これらの数字は、単なる希望ではなく、市場環境や具体的な戦略に基づいた根拠のあるものでなければなりません。
この記事で解説したステップを参考に、ご自身の事業の収益計画、費用計画を具体的に立ててみてください。そして、そこから算出される必要な資金、そして将来の収益性や返済可能性を、金融機関に分かりやすく伝える準備を進めていきましょう。
数字計画の作成は難しく感じるかもしれませんが、これは事業の可能性を具体的に描き、リスクを管理するための大切なプロセスです。不安な点があれば、専門家や公的な相談窓口などを活用することも検討してください。
具体的な数字に基づいた事業計画を作成することは、資金調達の成功だけでなく、事業を軌道に乗せるための羅針盤となります。まずは第一歩として、ご自身の事業の数字計画作成に取り組んでみてはいかがでしょうか。